「美しさ」と「美」と「用の美」と

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2020.12.01 (火)

「死ぬまで美しいものを追い求める!」
彼女は酔うといつもそう言う。
そんな確固たる信念を持つ彼女をいつもうらやましく思っていながら
「でも価値観って人それぞれで、何が美しいかも人それぞれじゃないですか?」
などとのたまってしまった私。でも、実は私もそうありたいと思っていることに、はたと気付いてしまった。
美しいものを愛でていたいと思うのは人の本能なのかもしれない。
確かに、美しいと感じるものは人それぞれではあるけれど、普遍的な「美」があると感じるようになったのは茶道を習い始めたためかもしれない。
ものを愛でることが、こんなに楽しいとは思わなかった。
「愛でる」を検索すると「愛して大切にする。珍重し賞美する。」ことらしい。
今、目の前にあるものは永遠ではなく今だけ存在する「美」ゆえに愛おしく感じる。
そして、この世のおおよそのモノ、また命も今だけの存在で一瞬一瞬景色をかえて移ろっていくもの。
今、この一瞬が愛おしく思うようになったのは、年を重ねて人生の折り返し地点を過ぎ、死の足音を感じるようになったせいだろう。
(まだまだ死ぬ気はないけれど)
ニーチェの言葉に「感覚を愛しなさい」とある。
たとえそれが他者からは「下品だ」とか、「不道徳だ」、「ただの脳の反応だ」と言われようとも。
「私たちは、感覚を愛してもいいのだ」と。
(「超訳 ニーチェの言葉」白取春彦 編訳 より)
この言葉、もっと若いころから知っていたかったなぁ~と思った。
でもきっと、若いころに聞いていたとしても「へぇ~」と流していたことだろう(笑)
またニーチェはこうも言っている
「自分の眼で見よう」
知識ではなく自分の眼がとらえている「美しさ」を認めるように。ということのようだ。
そう考えると、私たちの周りには実にたくさんの美しいものであふれている。(環境にもよるけれど)
岡本太郎は、「美」と「きれい」を区別している。
「きれい」は相対的な価値で型にはまり、時代の基準に合っている。
対して「美」は、「人間の生き方の最も緊張した瞬間に戦慄的にたち現れるもの。
一見無意味だったり、恐ろしくゾッとするようなセンセーションであったりもする、しかしそれでも美しいのである。」
命と直結したもので、感動を呼び起こすものだ。ということか。
何とも、岡本太郎らしい。
ここまで、「美とは?」について上げ連ねてきた。
では建築は?というと、岡本太郎的な「美」においては、町のシンボルとなる建物にはふさわしいのだろう。
しかし住宅は?となるとそうもいかない。
住宅はうつわや車などと同じく「用の美」が必要である。実用性も兼ね備えたものであるべきで、追い求めるべきは「心地よさ」なのだと感じている。
茅葺の師匠の話を聞く機会があった。
茅の葺き方、補修の仕方にもいろいろあり、奥深い世界だと感じた。
(深すぎて、難しかった(笑))
そのつくりにはいろいろ意味があるようで、先人の知恵を感じたのを覚えている。
屋根のてっぺん(棟)の部分に飾りがありその両脇は反りあがっている。
それは、どうしてか?と聞かれた師匠
「そのほうが美しいでしょ?美しくないと仕事が楽しくないでしょ?」
との粋な答えにグッときた(笑)

acoya

住環境を変えたいと思ったら

さて、何を書こうかと思い「何が知りたい?」と知人に聞いてみたところ、

住宅取得までの流れを知りたいとの回答だったので、

ここで初心に戻り一から書いてみます。

 

今の生活を変えたい。そう思って住宅購入などを考えたはずですが、

まず、どうしてそう思ったか「理由」を整理してみてください。

・家族が増えるから

・音や隣家への気遣いにつかれたから。

・賃貸の費用がもったいないから。

・資産形成

・老後の不安

・ペットと暮らしたい

などなど、さまざまです。

冷静に考えるためにも、自分たちの初めの「理由」を覚えておくことは重要です。

家族で話合いの過程もわかりますし、感情に流されないためにも書き留めておくことをお勧めします。

冷静な判断のためにも、「理由」に引き続きネガティブな「リスク」も書き留めておくことをお勧めします。

(普通の営業はこんなこと言わずに、明るい未来イメージのみで、自社をお勧めするところですが(笑))

「リスク」が全くない選択は存在しないと思いますが、そのリスクを受け入れる覚悟ができますし、

「リスク」に対しての対処法も先に考えておくことが大切です。

受け止める心の準備ができるからです。

また、あきらめる基準も前もって決めておくこともおすすめします。

では次に、住生活を変えるために、考えられる選択肢としてあげていきます。

・別の賃貸へ引っ越す

・マンションを購入する(中古・新築)

・一戸建てを購入する(新築する)(中古・新築・建売)

・現在の住まいをリフォーム。あるいは建て替える。

 

これらが、選択肢に上がってくるはずです。

先ほど考えた「理由」や自分の暮らしと照らし合わせながら、これらを比較します。

その際、今後予想される生活の変化などに対応できるか?(お子さんの進学など)費用は?

ローンを組む場合の返済額は?それ以外にかかる費用は?(税金など)

など、時間の経過とかかるお金の検討も忘れずに。

次に、情報が必要です。

ネット社会になりましたし、情報収集はたやすくなりました。

しかし、何が正しくて何が間違えか見極めるのは難しいですね。

なんとなく自分がどうすべきか見えてくるとは思いますが、

まだまだ簡単に決定はしないでください。

ここから、実際に不動産会社、建設会社との相談へと流れていきますが比較検討は大切です。

 

可能性のある選択肢の中で数社にアプローチします。

金銭面で、借入の必要がありましたらこの段階で銀行へ相談に出向いたり、

FP(ファイナンシャルプランナー)へ相談したりします。

現状の把握、今後の資金計画に知恵を貸してくれます。

また、この後、各社の営業が必死にアプローチしてくることでしょう(笑)

その時、先ほどの「理由」「リスク」が役に立ちます。

銀行・FPにしろ、各社の営業にしろ、工事推進派であることは間違いないはず(笑)

冷静な判断が必要なところです。

ここまで、ざっくりしたアドバイスでした。

では、いざ「工事」を行うことにした場合へと進みます。

 

工事を頼む時の選択肢として

 

・知り合いの大工さんに頼む

・お気に入りの工務店に頼む

・設計事務所に頼む

・ハウスメーカーに頼む

 

などが考えられます。

それぞれについて、考えてみます。

 

 

・知り合いの大工さんに頼む

利点としては知り合いなので、そうそう手を抜かないこと。

好意で何とか安く上げようしてくれることでしょう。

多くの場合、最初の計画もざっくりとしたもので、着工していきます。

大工さんに頼んだ利点として、現場で変更を聞いてくれる。と考えますよね。

しかし、実はこれは危険です(笑)。知らぬ間に違法建築物になってしまったり、構造的に問題が出てきたりしてしまいます。

最近の大工さんはモラルも上がって、キチンと設計士に相談してくださる方が増えました。

(つまり、設計士もかかわっているばあいがほとんどです)

また、このような現場の変更が増えると、工事後に追加請求を申し出されることもあります。

気持ちよく工事を終えたいので、お互いコスト面での気遣いは大切です。

 

 

・お気に入りの工務店に頼む

工務店さんも、親身になって要望を聞いてくれます。

「施主と一緒に作り上げていく」という感じです。

見積もりもざっくりしたものではなく、細かく拾い上げているので工事後の追加請求もあまりないと思います。

計画もイメージがつきやすいパース(写真のようなイメージ図)で示してもらえることがほとんどです。

最近の工務店さんは勉強熱心です。コンプライアンスや、気密断熱はもう必須です。

営業の方の人柄も大切です。

工務店さん独自のポリシーや独自性を比較して検討するのもいいでしょう。

 

 

これじゃ、設計事務所に出る幕ないなと思ってしまいます(笑)

でも、負けずに設計事務所の利点を説明しますね。

 

・設計事務所に頼む、

では設計事務所に頼む場合の利点を再度説明します。

工事金額と設計料は、別々の支払いになります。高くつくと思われますよね。

実は工事金額が工務店さんに直接頼むより安くなります。

これから、その理由をのべますね。

1、新築の場合、そもそも工務店さんの見積もりの中に、設計料は含まれています。

管理料の中に含まれて明細には出てきてないかもしれませんが、どの現場でも設計士の関与が必要だからです。

2、設計士は図面をたくさん用意します。事前に細かく決めていきます。

図面をたくさん用意し細かいところまで指定した場合、下請け業者から上がってくる見積もりも安くなります。

漠然と「坪○○の一軒家で見積もって」と言われたら、

「細かいところがわからないな。損をするかも。高くしておこう!」となりますよね。

それより、「この器具が何個」、「この仕上げは何㎡」、「コンセントはここに二口」と細かく指示がある場合

ごまかしが効かないからです。

3、さらに相見積もりや、入札などを行うと各社頑張ってくれるものです。

その分、仕上げや設備にこだわったることが可能だったりしますよね。

コストとは関係ありませんが他にも利点があります。

工事がきちんとできているか、第三者の目で監理を行います。

その他

手続きが面倒で安くなっている敷地なども、設計士事務所に頼むとなんとかなるかもしれませんよ。

と、手前味噌ですが、設計事務所へ頼んだ場合の利点を挙げてみました。

 

ではデメリットは?

形(デザイン)にこだわりすぎて、生活がしにくい家になることがある。

設計士の熱い思いが先行して、不必要な装飾多くなったりする。

 

少し前にこのような声を聞くこともありました。

きっと一部の設計士さんの話だと思います(笑)

・ハウスメーカーに頼む場合

ハウスメーカーは、品質も良く安心感があります。

最新のテクノロジーも組み込まれていますし、営業マンは補助金、税金控除などの知識も豊富です。

購入するのにもいろいろ考えずに、カタログやモデルハウスで確認し選択することができます。

ただ、その分お高いです(笑)。CM代、営業代にお金がかかっていますし仕方がないのです。

あまりあれこれ、考える時間がない忙しいご夫婦には、クオリティーも高いですしお勧めです。

しかし、家づくりを楽しみたい方には物足りないかもしれませんね。

そしてもう一つ、後々のリフォームが自由にできない建物も多くある点は考慮しておく必要があります。

 以上、「住生活を変えたいと思ったら」思いつくまま列挙してみました。
年を重ねるごとに変化することが億劫に感じられます。否応なしに時代は変化してしまうし、昨今はそのスピードの速さに負けてしまいそうです。

でも新しいことを始めるのは、ストレス解消にもなるらしいです。

変わらない部分を大切にしながら変化も楽しんで受け入れたいですね。

 
 島原の猪俣金物店のかき氷。

中庭の池にはカメが20匹ほど。たまに脱走もするそうです。

赤ちゃんカメも4匹誕生していましたよ。

チーム力

先日、熊本の八千代座へ歌舞伎「古典へのいざない」を見に行ってきました。

近年、友人のお陰で毎年観劇することができ、そして今年も、とても感動的な時間を過ごすことができました。

自分へのご褒美!といっても、ご褒美もらえるほどのことはしていないので(笑)

自分への慰めかもしれません。

いやいや、叱咤激励ですね。

友人には感謝するばかりです。

 

さて、今回は工事現場の話を、と思います。

建築工事は、多くのプロの職人さんがかかわって造り上げていきます。

多くの職人さんは、下請けとして作業します。

どんなに大きな会社でも、この形態はあまり変わりません。

社員として何人かの大工さんを雇用していることはありますが、

多くの職種は他の会社(または個人)に発注して、作業をしてもらいます。

 

多くの会社(個人)がかかわることになるので、工事全体を取りまとめる役の人が必要になります。

この役を担うのは、かつての日本では大工の棟梁さんでした。

しかし、現在は建設会社がこの役を専門にすることが多くなりました。

大工さんはその分作業に専念できるのです。

工事を取りまとめるためには、多くの知識と経験が必要です。

それだけではありません、常に安全面、衛生面に気を配り、作業の流れを考え、細部の作りを考え、

そしてコスト管理も行います。

(大工さんはこの辺りに気が回らず、最後に「追加請求」という形になることが多いと感じます)

「工務店の人は作業をしないで、顎で人を使って偉そうに!」

などと思ってはいけません(笑)

 

設計士はというと、このチームのゴール(完成形)を指し示すのが仕事だと思っています。

施主の気持ちを汲み取り、法に則り、衛生的で快適、安全な建築の完成形を

皆と認識できるように表現するのです。

設計士も多くの知識と経験がないと、このチームに貢献できません。

現場では、いろいろな問題が発生するものです。

そして、チーム一丸となって解決策を考えゴールを目指して作業するのです。

 

いいモノになるかは、一つのゴールに向かい、

いかに多くの職人が集中できるかにかかっている気がします。

それには、チーム力が必須です。

プロのサッカー選手のように、プロの職人さんは他のチームに入っても活躍できます。

しかし、足並みのそろわないチームメイトがいるとほころびが出てきますよね?

初めはちょっとしたミスでも、そこからズルズルといろんな事に影響が出てきてしまうものです。

結局は、人間同士の作業なのでチームの和が結構大切なのです。

 

そのチームの監督が、建築会社の現場監督(現場代理人)ですね。

選手選びも大切な監督の仕事です。

 

 

ところで試合が始まってからの設計士の仕事はというと?

設計士は、工事現場へ行くと嫌がられる存在です(笑)

設計図通りできているか、監視する役回りだからです。

試合中の、審判みたいな感じでしょうか。

嫌がられたりしながらも、それでも、監視役は必要です。

施主のため、建物の責任を負っています。

キチンと見張らなければいけません!

そこで、どうすれば現場の人から嫌がられないかと(笑)ちょっとだけ考えてみました。

きっと、完成形が素晴らしく感じられるもの。誇りに思えるような仕事になること。ではないかと。

そのためには、ちょっとくらい嫌われても素晴らしいものを目指すことが、

結果としては認めてもらえるのでしょう。

(これ、これから自分に言い聞かせよう!)

毅然とふるまう主審のように、時にはカードや退場も言い放たなければなりません!

(これは、少しオーバーですね。)

 

モノづくりおいてこの「チーム力」は共通していると、先日の歌舞伎を見ていて感じました。

多くのスタッフが、華やかな舞台の陰でせわしなく働いています。

役者さんをはじめ、その一人一人が完成した華やかな舞台を誇りに思い、

汗をかいて真剣に自分の役(仕事)をこなしています。

その姿には毎回感動させられます。

役者さんはもちろんみなさん「命をかける」「命を削っている」

いや刹那に「命は燃やしている」ようにも感じます。

八千代座は、小さな舞台なのでそんな心意気が凝縮して感じられるせいかもしれません。

 

何事にも「心意気」、大切にしたいです。

今、ブログを書きながら思いました。

愛される街とは

ぐるりな日々, ブログ

2020.08.13 (木)

最近、街づくりについて考える機会がありました。

40年~50年前に造成された新興住宅街の自治会長さんとお話しした時でした。

例にもれず、高齢化が進み空き家が増えているといいます。

どうしたら魅力のある街になるのか?を聞かれて、明確にお答えすることができませんでした。

そんなことでは「ぐるり」の理念にそぐわない!と思ったことがきっかけです。

昨今の新興住宅街の変化

今だに新たな新興住宅地が増え続け、昨今はそのスピード早まっていると聞きます。
参照↓

「住宅過剰社会」ニッポンの未来はどっちだ!?

老いる家 崩れる街-住宅過剰社会の末路』(講談社現代新書)

コロナの影響もあり、新築着工件数が増えているらしいです。

コロナバブルといえるかもしれません。

テレワークが可能になった結果、郊外の落ち着いた土地で家族と過ごす時間を持つことを選びやすくなったのが要因だと思います。

では、なぜ、現に存在する新興住宅街に人は住まなくなるのかを考えてみました。

 

 

なぜ、愛着が持てないのか?

1.変化がない

古ぼけた街のイメージに魅力を感じないのかもしれません。

管理されていない街路や戸建てが目立ってくると、町の印象が悪くなります。

街にも多少の新陳代謝は必要だと感じています。

 

 

2.住民同士のライバル心がある

昔友人に、聞いたことがあります。

近くの新興住宅街に母親が一人暮らししていると聞いて「近くに住んでいるのになぜ実家で同居しないのか」と

すると「あそこは近所の人と比較されるからイヤ」との答えでした。

また最近ですが、「ああいう町(造成された新興住宅街)に住むと、捨てるごみにも気を遣うようになる」とか。そのような場で暮らしたことのない私には共感しがたいのですが、小説やドラマなどでも描かれていることが多いこともあるので、実際そうなのかもしれません。。感受性の違いもあるかもしれませんが、そういった要素がはらんでいるのは事実なのでしょう。

最初に土地を買う段階で、敷地や建物の価格がわかってしまうのもヒエラルキー形成の要因になるのかもしれませんね。

 

 

3.住宅は密集しているがコミュニケーションは不足しているので落ち着かない

これも私の勝手な想像です。仲良くできていない人と住宅が密集していれば、ちょっと落ち着かないだろうなぁ~と。何度も言います。あくまで私の想像です。

 

 

4.住宅ばかりで変わりばえしない風景は、楽しくない

私は新興住宅街でよく道に迷います(笑)。何度行っても迷います。

きちんとブロックを数えたりしない私が悪いのは明らかです。が、しかし、街並みに特徴がないことも問題なのではないでしょうか。どこに行っても同じような家が並んでいて、うっかり曲がり角を間違えてしまいます。

車での走行や道行く人にも変化があると楽しくわかりやすいのに、とついつい街のせいにしています(笑)

 

 

5.「見守る」と「監視」のハザマから、クレーム・犯罪に発展も

自己防衛?地域防衛のための目配りが、人によっては窮屈に感じてしまうのかもしれません。最近話題の、「自粛警察」とまでは言いませんが、厳しすぎるのは自分をも苦しめてしまいます。見守る人の目つきや心配り、人それぞれの違いをお互いが享受できるコミュニティーが必要で、その仕組みやモラルも考えるべきなのだと感じる今日この頃です。

 

 

6.イメージが悪い(暗い、危険)

どっちが先かの話になるのかもしれませんが、廃退してきた町はイメージが悪いだけではなく治安も悪くなります。結果、知らず知らずのうちに潜在意識で身の危険を感じる場所となり寄り付きがたくい雰囲気が漂ってきてしまう気がします。

 

 

7.規制が厳しい

住宅街であることを第一にするため厳しい取り決めがある場合が多いです。このことが足枷になって発展しない場合が往々にしてあります。品のある住宅街を目指していながら、結果、住宅だけがギュウギュウに詰まってしまっている。ちょっと立ち止まって、品のある明るい街をイメージして必要な規則を考え直してもいいのかもしれません。

 

8.歴史や文化を大切にせず特徴もなく、街に誇りが持てない

この影響は、特に大きいと個人的には思っています。

住宅ありきでガンガン造成した結果、特徴のないどこにでもあるような街になっています。

経済優先で最小限の児童公園がポツネンとあるだけの街も多く見られます。

少し想像してください。

そんな街に暮らす両親の家に子供たちを連れて里帰りしたとして、子供たちはその町に魅力を感じるのでしょうか?

 

 

 

 

逆にしてみたら魅力のある町に?

1.変化がない→→簡単に完成せずに変化し続ける

新興住宅街はすでに完結してしまっているように感じます。変化する余地がない、そんなイメージがあるのです。

面倒でも街のみんなで手を入れ作り上げ管理しなければいけないよちを残すことがコミュニティーにとっても重要ではないでしょうか?

 

 

2.住民同士のライバル心がある→→

        いろんな人がいることを当たり前に

新興住宅街に住まう人は、だいたい似たような所得の人たちです。それがライバル心につながり表面だけのお付き合いになってしまいがちなのではないか?(あくまでここは住んだことがないので想像ですが)価値観や経済性、考え方や暮らし方なども、もっといろんな人がいて当たり前の街になれば、ライバル心もなくなり心も安らぐのかもしれません。どんなゴミでも堂々と捨てることができるのかもしれません。

 

 

3.住宅は密集しているがコミュニケーションは不足しているので落ち着かない

        →→→落ち着く場所がる(自然が豊か)

お隣の音や視線にも寛容でいられる街でありたい。

自宅以外でも、景色のいい場所、そこに植物があるとなおいいです。

これらは、町にとっては無駄かもしれませんが、豊かな空間だったり景色も必要だと感じています。

 

 

4.住宅ばかりで変わりばえしない風景は、楽しくない

        →→→家族団らんができる、積極的に参加したい催しものがあるなど、地域で楽しむことができる

住宅ばかりでは面白くないのです。(道に迷うし(笑))駄菓子屋さんがあったり理髪店があったり(我ながら昭和な感覚ですが)

家族で安心して行ける居酒屋、

隠れ家的なイタリアンレストラン。水辺に面していたりするとなおいいですね。

催し物として、日曜日の朝だけ開かれるマルシェ。

夕涼みができる週末だけのおしゃれな屋台。

公園でのビアガーデン。

なんだか飲食ばかりだけど(笑)

そんな街だと、外から訪れる人も増えて私にとって楽しいのに(笑)

きっと街も活気づき、住みたい人も増えるのではないでしょうか。

もし子供たちが遊ぶなら秘密基地になりそうな場所があったりするほうが楽しんでもらえるかも。

(今は外で遊ばないのかなぁ~)

 

 

5.「見守る」と「監視」のハザマから、クレーム・犯罪に発展も→→開放性のあるコミュニティー

人は皆自分は間違っていないと思っています。殺人犯でも、自分は正しい!と主張すると聞きます。

そう、みんな正しいのかもしれません。

でも、100%間違っていない人などいないことはみんな知っています。

自分以外の人には正しくジャッジできるのに自分は100%と感じてしまうのです。あるお坊さんが、「私は間違っていない」と思ってしまったら、もうすでに間違っている。というようなことを言っていました。「確かに!」私にも思い当たる節があります。ついつい自分の心の中で「間違ってないもん」と思ってしまうことが多かったのです。おおいに納得してしまい、それからは自戒しています(笑)。

そんな視点を持てることが重要で、罰するのが目的になるものの見方をしないよう、支えあえるコミュニティーを、作らなければいけないと感じています。またコミュニティーについて皆で考える場所や仕組みを、時間も用意する必要があるかもしれません。

 

 

6.イメージが悪い(暗い、危険)→→→明るい、温かみがる、清潔・安全なイメージを

街を明るく清潔にすると犯罪が減るのは知られているところです。

では、どうすればそうなるのか、やはり住民の意識に働きかけることも必要なのかもしれません。前述同様、コミュニティーのあり方が問われているのだと感じます。

 

 

7.規制が厳しい →→→時には規制緩和も

安全で品のある明るい街をイメージして必要な規則を考え直してもいいのかもしれません。

私が楽しい街にするためにも(笑)

 

 

8.歴史や文化を大切にせず特徴もなく、街に誇りが持てない→→→歴史や文化に根付いて誇りが持てる

少し行けば自然があったり、語り継がれる物語のある建物や敷地があり、地域でその文化を大切に守ることで特別な場所になると感じています。

 

 

愛される街とは

素敵な街には、住民に愛される緑豊かな公園があります。

ニューヨークもしかり。

ニューヨークのハイライン

すでに田舎だから、公園を用意するまでもないと思いがちです。

でも、街は緑で魅力がアップします。

これは、人間の本能なのではないかと思っています。

北欧では森が身近にあり悩みがあるときは「森に行こう!」といわれるほどです。

ストレス軽減の対策に植物、木、森などが有効なのは医学的にも知られているところです。

2017年のデータですが

全国21都市「市民の地元愛」ランキング

 

福岡が1位

2位は札幌

二つの都市とも、車で20分も行けば緑豊かな場所があります。

緑豊かな公園があります。

また、センスがいいことも大切なようです。

「美」も大切にしなければいけない要素ですね。

 

 

住宅過剰の日本

冒頭でも紹介しました本にもありますが、2019年を境に日本の住宅は世帯数より多くなったようです。

それでも今も新しく新興住宅街が造成されています。その様子を筆者は焼き畑農業に例えています。

もう誰のせいでもないのかもしれません。人々にニーズがある限り止められないのです。

 

先日、市役所の空き家バンクを訪れてみました。

こんなに空き家があるのに、登録する空き家は少ないらしいです。

権利の問題。親族が集まる場として保存したい。など、理由は様々にあるとのことでした。

手放したくないけど活用の方法が見つからないという方が多いのかもしれません。

逆に、空き家をを求める人は多いのだとも聞きました。

建物も体も健全なうちに「すまいの終活」を話し合わうことがたいせつであり、そのことを皆が認識しなければこれから先、日本のあちこちでゴーストタウン化が進んでいくことでしょう。

その認識を共有し、今から街を変えて「未来の愛される街」を作ることが大切なのです。

 

 

 

住宅の寿命、人の寿命

 昨今、悲しい知らせが多く目につきます。

当たり前だった世界が大きく変わったことも一因だと感じています。

私の身の回りにも悲しい事がありました。

そして実感しました。
そんな中でも、人は眠り、食事をし、暮らしていくのだと。

そして、そんな暮らしを包み込むのは、人と家なのだと。

 最近まで日本の住宅は短命でした。

戦後、住宅不足で安価なもので早急に多くの住宅が必要で、

人口の増加、経済の成長も相まってすごい勢いで短命の住宅が増えていった為だと言われています。

反して、日本人の寿命は延びました。

長い人生、順風満帆の時ばかりではありません。

家族とうれしく楽しい時間もあれば、一人つらく悲しい時間もあるでしょう。

核家族化がすすみ、いずれ、多くの人は一人暮らしの時間を迎えます。

そんな中でも、人は建物の中で暮らしていきます。

その建物が、その人に寄り添うものであってほしい。そう、感じています。

 ソーシャルディスタンスが必要な、悲しい世の中です。

まさか、こんな世が訪れるとはだれも思っていませんでした。

そして、その影響は知らず知らずにジワジワと心に巣くってきている気がします。

リモートで会話できる世の中になりましたが、やはりリモートでは味気ない気がします。

効率のいい仕事の進め方に気づいたのと同時に、会えない寂しさにも気づかされました。

画面越しでは伝わらない、人と人の空気感がどうしたってあります。

 もうずいぶん前になりますが、不動産を営む方から言われたことがあります。

「あなたたちはいいよ、未来に向かって希望がある仕事だから」と。

その方いわく、不動産は困難に陥った方との仕事も多いのだと。

なるほど、おっしゃる通りなのかもしれません。

これから建物を建てようとしてらっしゃる方は、気力も体力も経済力あり

希望にあふれている時なのかもしれません。

でも、時は移ろいます。どんな人にも訪れるであろう人生の岐路が待っています。

始まりは終わりの始まりで、出会いは別れの始まりでもあります。

設計士は、そんな月日の移ろいも心に留めながら
これからの人生をも、包み込む、やさしい思慮深い温かい建物を

残していくことが大切だと感じています。

 

 

 

(2年前の改修工事。2階を解体してブルーシートをかけると青の世界が! ちょっと芸術を感じました)

DIYで資産価値を上げますか? それとも

あ~ぁ、やってんなぁ~。と、口悪くつぶやきたくなる。

最近ことに増えている改修工事ですが、いつの間にか違法建築物になっていて、ついついつぶやきたくなってしまうのです。誰に向けようのない愚痴です。

 

設計事務所の仕事は多岐にわたるのですが、ことに地方の小さい設計事務所ともなると、まさになんでもやんなきゃいけないわけです。華やかなかっこいいイメージがあるかもしれませんが(ないかもしれませんが(笑))、ジミーに法令集や図面や書類と向き合って、どうしたらいいか頭を悩ませながら解決策を悶々とさぐったりしているのです。

緩和がないかと法令集やこ難しい本なんかを「う~ん、わからないぞ!」と読み漁ったりします。新築の設計なら、こんなにも悩まなくていいのになぁ。

でも、負けない!と、自分を奮い立たせてみたり(笑)しているのです。

日本の法律は、国民にとても親切です。それはそれは国民を大切に守りに守ってくださっています。自然災害や病気や火事などから、命や財産を守ることを考えてくれているのです。そのためが、年月とともに新しい法律が生まれ段々厳しくなります。そうして大切な国民を守っているのです。日本国民は、心配性な厳格な父親に守られた「箱入り娘」のような感じとでも言いましょうか(笑)

けれども、成長するするときには社会に適応していかなければなりません。つまり、こんど何かしら工事するときには、安全面では現行法にのっとりましょう!となっています。「そんなんで食っていけるのか!結婚は許さん!」と厳格なお父さんの厳しいハードルが待っています。(ちょっと違うか(笑))

 

半面、母のような愛情深さもあります。緩和(許し)される部分も兼ね備えてもいるのです。例えば、建設当初の法律にのっとっていればOKですよ。財産は守れなくても命はギリギリ大丈夫でしょう?なら、しょうがないからOKしましょうよ。という感じです。

 

 そんな過保護気味なご両親(法律)を裏切る(破ってしまう)と、もうだめです。厳格な父(法律)が子(国民?)を思うあまり許しは聞き入れてもらえません。「え~でも、お父さんの言いつけ知らなかったし~~」って、みんな思いますよね。

私もそこには問題があるような気がします。

そもそも、「箱入り娘のように守られなくてもいい!」って反抗期の子のようにおもいますよね。「いいじゃん、自己責任で」ってね。

 

 

 しかしながら、そこには国の別な、そして大切な思わくがあるのです。

長年、日本はスクラップビルド(壊しては作る)してきました。国は、そんな日本を変えようとしているのです。そしてそれは地球環境にとっても大切なことなのです。

つまりこれからは、国民が安心して暮らせる品質のいい建物を大切に受け継いでいきましょうよ、ということなのです。(と私は解釈しています)

代々受け継ぐのは直属の子孫だけではありません。核家族化が進んだ現在では、血のつながらない若い世代に受け継がれるべきです。つまり、不動産の売買で受け継ぐのです。そのためにはやはり品質が大切になってくるわけです。

危険な家、不衛生な家、不快な家は売れないまま、命短く廃棄処分になってしまう。そして昨今、深刻化している空き家問題が促進していくのです。

 

 よかよか、好きにせんね。って言うほうが楽なのですが、国は国民を誘導して地球も守らなければいけない。

 

厳格な父(国)も大変ですね(笑)

 

 DIYが流行っている昨今、自分で自分の家をかっこよくしたい!という方も多いと思います。おおいに大賛成です。私も時間があればやってみたいことリストにいつも入っています。(時間はあってもなかなかやれずにいることリストかも(笑))

でも、その前に一度設計士に相談してみませんか?
ちょっとしたことで、資産価値がなくなってしまってはもったいないです。

 

 

どうせなら、資産価値を上げてみるくらい頑張ってみましょう!

 

 

ホテリアアルト

 

ホテリアアルトのロビーです。

こちらは、かつて保養所だったものをリノベーションでホテルとして生まれ変わった建物です。

居心地の良さは格別です。

資産価値上がりまくりですね(笑)

益子さんという有名な建築家の設計で、伊礼先生の住宅デザイン教室の一環で訪れました。

サービスも素晴らしい、絶対おすすめです!

また、ゆっくりと訪れたいです。コロナが収束後、生き残っていたら。

よし、絶対生き残るぞ!(殺しても死なない(笑))

 

 

 

 

敷地から読みとくべし!

陽気な人、慎重な人、やさしい人、厳格な人。

人にも個性があるように建物を建てようとする土地や周辺環境にも個性があります。そこに根付いた歴史的な価値があるかもしれません。機械的・物理的に地盤が特有だったりするかもしれません。日中日陰ができてしまうけれど風光明媚な場所なのかもしれません。

何がよくて何が悪いのか。一長一短で判断も人それぞれ。もうそれは「気が合う」とか「惚れてまうやろ」とかの判断になるのかもしれません。山の緑を心地よく思う人もいれば、忌み嫌う人がいたり、町中の喧騒や下町の人情を懐かしく感じる人もいればうとましく感じる人も。 朝日が好きな人もいれば、夕日が好きな人がいたりして。

個人的な好きな場所を押し付けるわけにもいかないですし。

 

 

たまに、間取りを見せられて「これ、どう思います?」と聞かれることがあります。しかし、平面図だけの情報では、「何もわからない」というのが正直なところです。わかるのは構造的なことくらいでしょうか。実際、その場所に行って周辺状況から、どんな生活ができるのか?とか、道路はどっちにあって、車や人通りはどうなのか?とか風はどっちから吹いてきて日差しはどのあたりにどう落ちるのか?一番気持ちのいい場所はどこなのか?じゃ、そこで何をして過ごすのか?など、敷地を見ないと判断できないのです。実際、間取りはよくできていても、お隣さんのお風呂の窓がリビングに面していた、とかなるとお互い気まずいですよね。(のっぴきならない仲ならそれもまたいいのかもしれませんが。)

 

それに、法規的なところも、敷地と関係が深いので、合法なのか判断つきにくい部分が多くあります。

 

なので、やはり計画をするにあたっては敷地をベースに建物を考えるのがベストなのです。

 

設計するにあたって、設計士は、イヤ私だけかもしれませんが「癖が強い!」敷地が好物です。挑みがいがあるってもんです!

造成された敷地は、比較的簡単に設計できてしまいます。建物を建てることを想定して造成していますし当然、法的なこともクリアできています。でも、ちょっと物足りない(笑)
きっとその土地の「癖」がなくなっているからなのかもしれません。当然、歴史的なことも踏みにじってしまっている気もしてしまい、なんだか少しもったいないなー、なんて思ってしますのです。

 

「癖の強い」敷地は値段も安いものです。

その分、手続きが二重三重にかかってしまったとしてもその土地の良さを見つけ出し最大限引き出してあげないと!、などと思っているのです。

人間だって、短所ばかり見て否定するよりいいところを見つけて引き出すほうが魅力を発揮できるものだと、私は信じています。うん。
最近、多くの人が均一化されていて、何か起こると一変にヒステリックになっている気がしています。

「癖が強い」他者を受け入れる度量が人にも建物にもあっていいと。

いや、そうあるほうが世の中面白いと、そんなことをお伝えして締めくくりたいと思います。(おちが見つからなかった(笑))

小さな家は魅力的

「リビングは大空間にしたい」「寝室をもっと広く」「収納はたくさんほしい」などなど、2回、3回と提案を重ねていくうちに欲望が湧き上がってくる。それを、はいはい聞いていくうちに敷地にめいっぱいの平面計画になってしまうことがしばしばあります。敷地が狭く地価が高い土地ならば、それも致し方ないとは思います。しかし、一般的な宅地の場合はあまりお勧めするものではありません。昨今「小さな家の良さ」が見直されています。その理由をお伝えしようと思います。
大きい家にはデメリットとなる面が多々あります。
まず、敷地一杯に建ててしまって余裕があまりないと、採光や通風に影響します。それは周囲の建物に対しても悪影響です。自分が良ければそれでいい、と利己的なのは良くないはずです。近隣住民、お互いがお互いのためを思う社会のほうが、自分自身の為にもなるものです。現に、敷地にめいっぱい建てた家は、暗くなりがちで風も通らず不健康で不経済です。
 景観的にも、周囲へ圧迫感を与えてしまいます。建物は街並みの一環でもあることを自覚しなくてはいけません。古代ギリシャでは「建築家とは、神に代わって風景を創ることを許された唯一の人」とされていたそうです。現在では建築家以外にも風景を変えてしまうことができてしまいますが、それぞれが「神に代わって」と感じるくらいの責任を持つことができたら古代ギリシャのような美意識の高い、統一感のある美しい街並みができるのかもしれません。
 住宅計画は家族の人数が多い時にはじめることが多いものですが、いずれお子さんは独立、結婚をして巣立っていくことが一般的です。すると使われない部屋が発生します。掃除も滞り、空気もよどみその部屋には使わないモノがたまってきてしまいがちです。そして、その部屋から建物は劣化が進んでいき魅力が減り、ついては空き家と化してしまう。という流れが近年多く見受けられます。
 

そして何より不経済です。イニシャルコストもですが、ランニングコストもです。坪単価60万円だとして一坪削ってその60万円。総二階だと建坪1坪減らせば1階2階で120万円が浮きます。その分で生活の質をあげ快適に過ごすほうがずっと有意義だと感じないでしょうか。

 

では次に、小さな家のメリットを上げていくことにします。
 構造が堅牢になります。(設計次第ですが)小さい家は崩れにくいのはイメージが付きやすいかと思います。狭い箇所に柱も密集しますし、高さを抑えることで安定感が増します。

 

  ランニングコストのあまりかからない快適な空間で外部環境を楽しめます。今の住宅にはシックハウス防止のため、法律で24時間換気扇を設置するのが一般的です。高気密、高断熱を謳っておきながら24時間換気で温熱エネルギーを無駄に放出しているのです。建坪1坪削って浮いたお金で熱を変換できる換気扇に変更すれば省エネにもなります。容積が小さい分、エアコンも効率的になります。外部空間に余裕ができることで、風通し、日当りをよくすることができパッシブ効果も向上します。
 一説によると、快適な住宅に居住することで、四季節を楽しめるようになるといいます。個人差はあると思いますが、「寒い部屋で過ごしていると、雪の風景を楽しむ心境にはなれないよ」と聞くと理解できる気もします。

何より、快適な空間で暮らすと体調が良くなるという、最近の調査報告もあります。ヒートショックはもちろん、お子さんのぜんそくが治ったり、アトピーにも有効と聞きます。高齢化社会をむかえるにあたり快適な住宅にすまうことは必須なのではないでしょうか。

 他にも家族との距離感が近くなりますし、家族が減った時にもさみしくない広さで、掃除などの家全体の日頃の管理もたやすくなります。
  また、外観の印象もスマートになります。庭や周辺環境とのバランスもあるとは思いますが、大きい家のような圧迫感はなくなります。街並みの景観にも貢献できる空間を作りこともできます。
  それでも、「広々とした空間で暮らすのが夢なんだ!」という方もいらっしゃると思います。建坪が小さい家でも広さを演出する工夫はいろいろあります。とお伝えしたい!

 

  ひとつは、抑揚のある空間を演出すること。狭いところから広いところへ移ると、心理的にとても広く感じます。このように家の中に対局となる空間を作るのです。広さだけではありません。高さ、明るさ、などもです。いい建物にはリズムを感じます。

 

 他にも広さを感じさせる工夫に、ヌケ感があります。視線のヌケです。外部環境をどう室内に取り入れるかも設計の腕が試されるところです。

 

 動線を考えることも、狭さを感じさせないためには必要です。回遊できるような設計だと、狭さのストレスも軽減できます。

 

 他にも苦肉の策ではありますが、鏡をつかって広く見せる。壁の色を寒色系にする。などの小技も少々。これは、建築後のDIYでも対応可能ですね。

 

小さな家のメリット、お伝えできたでしょうか?

 

 最近は、ミニマリストの台頭も相まって世界的にもトレーラーハウスやツリーハウスなど、小さい家が注目されています。偏ったミニマリストはいかがなものかとも思いますが、何かを成熟させるためには別の何かを潔くあきらめる必要があると考えます。CUTがあってGETがある。スティーブジョブズも禅の教えから、かなりのミニマリストだったとか。お金持ちの家にはモノが少ないそうです。ドラマの中の金持ちの家はすっきりしているのもうなずけます。

 

 そんなことを考えながら、また、提案を重ねるごとにどんどん大きくなっていく平面図を眺めながら「また無駄が増えてくなー、まるで私の脂肪のようだ・・・」などと感じてしまうのでした。

(かつて建築界で「メタボリズム思想」というものがあっての連想です。)

 

 

ノスタルジックな家具・雑貨店

ブログ

2019.06.11 (火)

 

梅光学院 オープンスクール 

ブログ

2019.06.11 (火)

4月の下関「梅光学園」でのオープンスクールの様子です。

久が大きく張り出す正面玄関

ひし形の角の部分が庇として大きく張り出す、正面玄関。

かたち  かたち  かたち2
外観

デコボコに見えますが実は四角を斜めに4つ配した形をしています。

この形にした理由は、動線を多くとることで出会いの確立を増やすこと。

「外に開く」をコンプセプトにしているので、凹んだところを出入り口にしていること。

一見複雑に見えますが、基本は四角なので施工の点でも有効だったようです。

     新しい試み
     
   学び方改革

開かれた学院にするため外からの出入り口はいくつもあります。

先生たちの部屋はなくなり、代わりにそれぞれのロッカーを配置し、そのロッカーもセミオープンに、紹介カードとともに所有物を飾るように配置されています。

教室の多くはオープンで、通路や階段にもプロジェクターを設置、多くの壁や床はホワイトボードでできているため、どこでも授業ができます。随所に現れるミーティングスペースのようなところでは、先生に個人的な相談もできるように。

     
   ひかり  ひかり
ひかり

小堀さんの設計で特徴的でもある、外の光の取り入れ方の工夫。

今回は(も?)、プログラムの解析(BIM)によって設計された説明がありました。

 新しい試み    新しい試み
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その他

講堂になるような教室でレクチャーがありました。通路がギャラリーにも利用できるようになっていて、通る人との出会いも狙っています。また、こちらも壁はプロジェクターの投影とホワイトボードを兼ねたものとなっています。

食堂は一般の方も利用でき、大学では初めてワインも飲める食堂となっています。どこまでも開かれた大学をめざしています。

教授の所有物は、各個人のセミオープンの棚が用意されていて、そこに名前とともに展示されるような形になっています。知の開放だそうです。

 

今発売の雑誌「新建築」で特集されているそうです。ということでブログにしてみました。